研究概要

本研究は、音楽や動画のようなメディアコンテンツを豊かで健全に創作・利用する「コンテンツ共生社会」の確立に向けて、膨大なメディアコンテンツ間の類似度を人々が知ることができる(可知化する)情報環境を実現する技術基盤の構築を目的とします。さらに、創作支援技術と鑑賞支援技術を研究開発することで、コンテンツの創作や鑑賞を誰もが能動的に楽しめる社会や、過去のコンテンツに敬意を払う文化、感動体験重視型のコンテンツ文化の実現を目指します。

    科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) 研究領域
    「共生社会に向けた人間調和型情報技術の構築」平成23年度採択研究課題

  • プロジェクト名: OngaCREST(音画CREST/おんがくれすと)
  • 研究代表者: 後藤 真孝 (産業技術総合研究所)
  • 研究分担者: 森島 繁生 (早稲田大学)、中村 聡史 (明治大学)、吉井 和佳 (京都大学)
  • 実施期間: 2011年10月~2017年3月

コンテンツ共生社会のための類似度を可知化する情報環境の実現 概要図

本研究プロジェクト「コンテンツ共生社会のための類似度を可知化する情報環境の実現」(プロジェクト名: OngaCREST(音画CREST/おんがくれすと)プロジェクト)では、上図に全体像を示したように、過去のコンテンツに敬意を払う文化を築きつつ、感動体験重視型の新たなコンテンツ文化が形成される社会を実現するために、膨大なコンテンツ間の類似度を人々が知ることができる(可知化する)情報環境を実現することを目的としている。そして、音楽の聴き方・創り方の未来を切り拓く技術開発により、音楽の楽しみ方がより能動的で豊かになる変化を日常生活に起こすことを目指している。本プロジェクトでは、「コンテンツ」として主に音楽あるいは音楽連動動画(ミュージックビデオ、ダンス動画等)を対象とする。

類似度に関する人間の能力の限界

人類の歴史の中で、今後もアクセス可能なコンテンツは単調増加し続けていく。そうすると、制作者にとっては自分の作品が埋もれやすくなり、視聴者にとっては選択がより難しくなっていく。さらに、似ているコンテンツも単調増加して、本来は盗作ではないにも関わらず、盗作疑惑を招く事例が増えてしまう懸念がある。あらゆる創作は既存コンテンツの影響を受けており、無自覚に何らかの意味で部分的に類似してしまうのを避けることは難しい。

しかし、類似度に関する人間の能力には限界がある。目の前の二つを比較して類似度を判断するのは得意な一方、判断速度には限界があり、似たコンテンツを100万個の中から探すことはできない。さらに、人間は過去の経験に基づいて高度な判断ができる一方、ある事象が全体の中でどれぐらい確率的に起こりえるのか、という「ありがち度」の判断には限界がある。最近よく起きた事象を起きやすいと思い込んだり、多数起きている事象でも遭遇しなければ滅多にないと誤解する。そのため、今後、誰もが創作と発表を楽しむ「一億総クリエータ時代」が到来しても、コンテンツが単調増加することによって、自分の作品が何かに似ていると糾弾されるリスクがあるために、人々が安心してコンテンツの制作や発表をしにくい社会になりかねない。

人々が類似度とありがち度を活用できる情報環境

そこで我々は、専門家だけでなく一般の人々が「何が似ているのか」「どれぐらいありふれているのか」を知ろうと思えば自在に把握して活用できる技術基盤を構築することが重要だと考え、本プロジェクトで取り組んでいる。それにより、人々が今後も安心してコンテンツの制作や発表を続けられるようにしたい。そして、「ありがち度」の高い事象(例えばコード進行やジャンルごとの慣例的な事象)は人類共有の知として活用できる創作支援技術を実現していくことで、誰もが気軽にコンテンツ創作を楽しめるようにする。さらに、類似度に基づいて新たなコンテンツと出会える鑑賞支援技術を実現していくことで、主体的にコンテンツと出会って鑑賞できるようにする。

それにより、論文のようにリファーされ再利用されたら喜びを感じられる新たな音楽文化が支援できれば、過去のコンテンツと共存共栄し、敬意を払う文化を築くことに貢献できる。コンテンツは「他にいかに類似していないか」に価値があるのではなく、新規性だけを追求しても人類は幸せになれないと我々は考えている。コンテンツは本来、人々をいかに感動させ幸せにするかに価値があり、感動させる魅力や完成度の高さ等があれば価値があることを常識にしていきたい。むしろ学術論文等と同様に、多くの作品をリファーしていてその土台の上に成り立っているからこそ価値が生まれる状況も望ましい。それにより、感動体験重視型のコンテンツ文化を築いていくことを目指している。

デジタルコンテンツ社会ではもはや忘却できず、ともすると、単調増加する過去の膨大なコンテンツに未来が押しつぶされかねない。本プロジェクトは、デジタル化による 「忘却できない社会」 において豊かで持続発展可能な「コンテンツ共生社会」を築く挑戦に位置づけられる。過去のコンテンツと未来のコンテンツとの共生を人々が実感できるようにすると共に、人間とコンテンツとの共生により膨大なコンテンツを楽しめる社会の実現を目指していく。